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2010年07月16日(金)

再就職した職場は 20代,30代教師の意欲的な実践で注目されてきた。

授業が終わると 新卒5人に混ざった私も、まるで新卒気分で若返る。
ときどきは 30代の先輩たち(全員が家庭持ち)も加わって
夜まで職員室での教育談義に 花を咲かせたこともあった。

その中で28才を迎えた私は、遊んでばかりでもなあ という気分になる。
このまま独身で教員を続ける覚悟もなし(安定した収入はあるけど)
誰かと結婚してすんなり家庭に入るのでは 何のために再就職したのか?

人目にはのんびりと達観して見えても、着地点が見えずに葛藤が続く日々。


30才過ぎても独身でいると(体が悪いのか 問題でもあるのか)と 痛くもない腹を探られた昭和の時代だった。
    (平成の今は30代から40代で独身の男女は珍しくもないし、結婚適齢期はいつでもいい)

そんな私に転機が訪れたのは 夏、白馬に乗った王子様ならぬ 自転車に乗ったお兄さんに出会う。
何の前触れもないままに 気がついたら冬には結婚していた。
ここから一気に 怒涛の「共働き生活」がスタートした。
妊娠,出産そして子育て、少ししてさらに 二人目の子を出産した。
再就職の日から3年間で 二児の母になろうとは考えてもいなかった。 人生とは 分からないものだ。


子育てしながらの共働きは、フリーターをしていたときに取得した運転免許が役立つことになった。
二人の乳幼児を預かってもらう先は 別々の場所にある。
車に乗せてまず一人を預け 次の保育所に預けた後なので、職場にはぎりぎりの到着となった。
職場から自宅に帰るまでは、朝と逆のコースを辿ることになる。

帰宅すれば夕食の準備から始め、 子どもが寝るまでの時間はあわただしく過ぎていく。
幼い子どもは親の都合などおかまいなく、
食べる,泣く,排泄する,寝るなど、最小限のことをだけでも大変な要求を通すのだ。

同じ教職(夫は高校教員)のため時間帯が似ていて、子どもの相手や風呂に入れるなど何かと助かった。
子どもが病気になった時は、近くに住むようになった実家の母に預けて出勤する。
こういった助けがなかったら ギブアップなのだ、やむなく退職するよりなかっただろう。

さらに職場の上役や先輩,同僚たち,担任していた子どもたちにも迷惑をかけた。
それなのに非難することもなく さりげなくカバーしてもらったことを、今更ながらありがたく思う。

いつの時代でも 働く母は一生懸命である。 なのに人並みの仕事ができない・・と引け目を感じることがある。
いい職場に恵まれたことで再就職の基礎ができ、思いもかけない結婚以降のできごとで人生の方向が変わった。

これから先 20数年続く共働きは、眠っていたエネルギーを呼び起こす 仕掛けでもあった。

何かと自意識にとらわれ(どう生きるべきか)など悩みの多かった娘が、その暇がないほど生活に追われた。
そして、いつの間にやら観念的な考え方が姿を消し、心境の変化に気づく。
毎日のこまごまとした雑事に追われて、物理的にはきつくても気持は焦らなくなっていたのだ。


        共働き(*夫婦がともに働いて一家の生計を立ててゆくこと)


Posted by 欅舍のひろ at :  パーマリンク