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2010年07月25日(日)

退職を決心してから実行まで 5年かかった。

新卒3年であっさり退職したときと比べると 何と慎重だったことだろう。
もう十分働いたという気持ち,退職してからの暮らし(経済的見通しなど)も
含めて考える。
それもクリアーしていくと最終的には「退職理由」なのだ。
定年退職で 同僚から「長いこと御苦労さま」と言われるなら問題なし。

だれにも迷惑をかけず「それなら仕方ないね」と納得される中途退職・・・
どうしてあの人退職したの?と 後々まで気にされない円満な理由とは、
自分のことでなく 他者の のっぴきならない事情の方がよい。
例えば 高齢の両親が施設に入って その介護をするということなども。


この時期は 私の方にも諸事情が生じていたのだ。
東京の大学,及び大学院にいた息子たちに就職しようとする気配がない。時は就職氷河期の始まりだった。
仕送りができなくなる事情とは、私が退職することで 家計が逼迫してくるのだ。

結果的には二人とも 次の年に相次いで就職、やっと引っかかった就職先だったが・・・。
    (その後 二人とも2,3年で退職、紆余曲折の末 現在は自営業で 何とかやっている)

中途退職は今では珍しくもないが、一旦就職したら最後まで勤めるのが私の世代の習いであった。
そして 新卒の3人に一人が3年以内に退職する というのが、息子たちの世代以降である。

これは余談だが、4人家族(当時)のメンバー中のたった一人(夫)だけが 定年まで勤め上げる。
その後の5年間、嘱託という形で勤めたのも驚異的だと私は思うが、夫の年代では珍しくもなかった。

そんな父親からすれば、息子二人の退職は信じられないできごとだったらしい。よりによって二人も・・・と。
口を開けば
「僕たちの若いころは少しくらい嫌なことがあっても、一つの職場で働いた。
 働いているうちに友人もできるし 楽しいこともある。続けることが大事だよ」と、私相手に 愚痴が出る。

「分かるけど時代がちがうよ。年功序列で進めるわけじゃなし、いろんな生き方があってもいいんじゃない?」
 べつに息子たちの肩を持ったわけじゃないが、脛に傷持つ わたしの見解であった。


その後の日本を見ると 若者の就労はさらに厳しくなったし、働き盛りだって先が見えてこない。
就職をするときの状況は、その時代の経済によって大きな影響を受ける。
「努力する者は報われる」ってキャッチフレーズが効かないのだ。 個人の努力が報われないことだってある。


さて、計画的?に 円満に退職することができた私は、その後の数年を「無職の人」として過ごすことになった。

       (*退職・・・現職を退くこと)


Posted by 欅舍のひろ at :  パーマリンク