2020年06月13日(土)

   「絵を描く」というのは絵具やパステルで色彩を楽しむことだと思ってきた。
   風景でも生物でも特有の色に彩られているから美しく楽しいのだ・・・と。
   モノの輪郭線を描いてから彩色するのが通常のやり方であった。

   あるとき、鉛筆や木炭で絵を描く(素描)体験をしたのが文化の家の絵画教室でのことである。
   対象となるものを白,微妙な段階の灰色,黒で表現するモノクロの世界は、シンプルで力強いのだ!
   そして対象となるものに存在する「光と影」を意識することで立体感が強調されることが分かった。
    


部屋の中に絵を置いてみた

部屋にあるランプと糸たち

ブリキ缶と鍋いろいろ他

圦ケ池公園の藤棚下のテーブルとベンチ


   

   素描という表現方法に惹かれてデザイナーの運営する絵画教室に通い始めたのは1年半前のことだ。
   対象物を正面からだけでなく斜めからも後ろからも観察することで立体的に捉えることができる。
   集中して対象を見ることで全体の形が分かるのは新鮮でもあり難しくもあった。

   課題として出されるモチーフは見たことのないものばかりだから、じっと観察するしかない。
   四方八方から観察して全体像をつかみ、おもむろに鉛筆を走らせる。
   そして影の部分は数限りなく鉛筆の描線での重ね書きとなる


初めて見た白い巻貝は複雑

壊れた車輪と木槌など

バイクの部品で作ったもの

子山羊の頭部骨格


     
 ここから半年間、教室を休んで何も描かなくなったけどいろんな素描に出会った日々が続く。
      新型コロナ感染が落ち着いたので、また6月から再開することになった。


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2019年09月10日(火)

  この夏の終わりに 一冊の画集に出会った。
  一人の画家が30年近くもテーマにした 一人の女性とその暮らし を描いたものである。
  
  この画集を見たその夜、心の奥深くに沈んだ興奮?のためか 私は一睡もできなかったのだ。

  代表作「クリスティーナの世界」に登場するクリスティーナは、
  画家ワイエスの別荘の近くに住んでいた オルソン家の女性である。

  生来病弱で孤独に育ったワイエスは、このポリオで足が不自由な女性が、
  何もかも自分の力でやってのける生命力に感動した。
  そして、出会いの時からその死まで 30年に亘ってこの女性を描き続けた。


クリスティーナの世界 1948年 テンペラ画

アンドリュー・ワイエス


  ワイエスは1917年、ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォードに生まれる。
  心身ともに虚弱であったワイエスは、ほとんど学校教育を受けず、家庭教師から読み書きを習った。

  絵の師は著名なイラストレーター(挿絵画家)であった父親(N.C.ワイエス)である。
  ワイエスは自宅のある生地チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン州クッシングの2つの場所以外には
  ほとんど旅行もしなかった。
  彼の作品のほとんどすべては、この2つの場所の風景とそこに暮らす人々とがテーマになっている。


晩年 長い髪を切った

終生 姉を支えた弟


クリスティーナの部屋



 これまで 有名な画家たちの実物を見ても画集をめくっても、興奮や感動を覚えた経験が乏しかった。
 でも この画集はすごい! 1日目の夜は 一睡もできなかったもの。
 オルソン家の姉弟(74才で死去)と、その人生を描き続けた画家(91才で死去)がここには確かに生きている。

 青春18切符を二枚使った二日続きの図書館通いは、JR多治見駅に近い「多治見市立図書館」です。
 美術や陶芸関係の蔵書は、ここへ引っ越したい!と思うくらいの数と内容でしたよ。


オルソン家の外観


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