2021年09月01日(水)
カテゴリー: 暮らしのスケッチ
家具は暮らしに役立ち、当たり前に存在するものだと思い込んでいた。
(ほんとにそうなのか?)と思ったのは20年前に玄関の改装をした時のことだった。
幅広の大きな靴箱の中にぎっしり詰まっていた靴を整理したとき、靴箱そのものをやめたのが始まり。
入れる場所があるから必要のないものまで収納しているのだと気づく。
床を段差のない石造りに改装し、トイレの場所移動した後の空間に遊び心のある壁と棚を作ってもらう。
その後に増えたアートコレクションは「見せる収納」として壁や棚,窓に飾り、季節ごとに展示替えをしている。
訪れた人は否が応でもこれらの作品が目につき関心を持ってくださる。
これ以降、玄関も家族以外の人と共有する役目が生まれてスッキリした楽しい場所になった
20年近く前、相次いで亡くなった両親の実家を整理をした時のことだ。
2階への階段の両側にはぎっしりモノが積んであり、賞味期限切れのお中元もたくさんあった。
台所やリビングにはモノがあふれ、寝室はベット以外は床がほとんどない状態になっていた。
戦後のモノ不足の時代に暮らし、物を捨てることをしなかった親世代なので当然かもしれない。
タンスの中や押し入れにもぎっしりモノが詰まり、全部取り出すと山ができる。
これらをどうやって片付けたかあまり覚えていない。ただ教訓めいたことを感じたことは確かだった。
「モノは見える場所に整理して片付ける」「収納家具や押し入れは必要ない」など・・・
それ以降の我が家にタンスは一つもなくなったし、応接セットもない。
床がガランとしたので掃除が楽になったこと、収納場所は別の方法で確保したことで今に至っている。
Posted by 欅舍のひろ at : パーマリンク