2019年09月10日(火)

  この夏の終わりに 一冊の画集に出会った。
  一人の画家が30年近くもテーマにした 一人の女性とその暮らし を描いたものである。
  
  この画集を見たその夜、心の奥深くに沈んだ興奮?のためか 私は一睡もできなかったのだ。

  代表作「クリスティーナの世界」に登場するクリスティーナは、
  画家ワイエスの別荘の近くに住んでいた オルソン家の女性である。

  生来病弱で孤独に育ったワイエスは、このポリオで足が不自由な女性が、
  何もかも自分の力でやってのける生命力に感動した。
  そして、出会いの時からその死まで 30年に亘ってこの女性を描き続けた。


クリスティーナの世界 1948年 テンペラ画

アンドリュー・ワイエス


  ワイエスは1917年、ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォードに生まれる。
  心身ともに虚弱であったワイエスは、ほとんど学校教育を受けず、家庭教師から読み書きを習った。

  絵の師は著名なイラストレーター(挿絵画家)であった父親(N.C.ワイエス)である。
  ワイエスは自宅のある生地チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン州クッシングの2つの場所以外には
  ほとんど旅行もしなかった。
  彼の作品のほとんどすべては、この2つの場所の風景とそこに暮らす人々とがテーマになっている。


晩年 長い髪を切った

終生 姉を支えた弟


クリスティーナの部屋



 これまで 有名な画家たちの実物を見ても画集をめくっても、興奮や感動を覚えた経験が乏しかった。
 でも この画集はすごい! 1日目の夜は 一睡もできなかったもの。
 オルソン家の姉弟(74才で死去)と、その人生を描き続けた画家(91才で死去)がここには確かに生きている。

 青春18切符を二枚使った二日続きの図書館通いは、JR多治見駅に近い「多治見市立図書館」です。
 美術や陶芸関係の蔵書は、ここへ引っ越したい!と思うくらいの数と内容でしたよ。


オルソン家の外観


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2019年06月19日(水)

    バブル崩壊後に就職後2,3年で辞めてしまうと再就職は難しい。
    海外へ出て現地で働き口を見つけることはそれほど難しくはなかったようだ。
    
    タイにあった日本商社での現地採用員として働き始めた兄は、語学を生かして暮らしていた。
    給料は当時のお金で14万円ほどだったが、物価が安い国なので十分暮らせる額だった。
    しかし4年程経って突然「もう 日本に帰る」との連絡があり、仕事の当てもないまま帰国した。
    4年間一度も昇給がなく、ずっとその額に甘んじるのが現地採用の習わしだったとか。


二人三脚が始まった

とりあえずは親の家に住んでコンビニや様々なところで日銭を稼ぎ始めた。
弟が運営する行政書士事務所の業務を念頭に置き、試験勉強を開始する。
中小企業診断士という資格を手にして、各々の分野を担当することになった。

弟が狙いを定めていた産業廃棄物業者との付き合いが始まる。
30代前半は小回りが利くから、ネットでの営業を中心に飛び回っての営業だ。

前歴が多彩な産廃業者にとって若手の兄弟は気安く頼める存在にちがいない。
マンションの一室を事務所にして、兄弟で働き始めて10余年が過ぎた。
「今は食べていけるけど、決まったことをやるだけなので面白味はないな」と、また次の分野を見つけ始めている。
親の世代からは不安定に見えても、これが団塊ジュニアの生き方なんだろう。


  ※ このシリーズ書き始めたのは3年前でした。
    SMAPの解散が騒がれていた時から考えていた内容です。      

   「SMAP世代の働き方」はひとまず休み、また次の展開を待って始めます。
    断続的にしか書けなかったけど、読んでいただきありがとうございました。

       ※元SMAPメンバーの年下3人が古巣を離れるとの発表を知ったところ。
        年上2人も含めそれぞれが、どんな方向を目指すかこれから見守ることにしよう。
        馴染んだ仲間や組織から飛び出すのは、不安もあるけど違う未来もあるもんね。


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2019年06月06日(木)

    ブログ更新が1ケ月も間が開いてしまったけど、どこまで書いたかな?

    会社を辞めて自営業・行政書士(弟)への初めての依頼は、5万円で何とかの申請書を作ることだった。

    「士業」と呼ばれる税理士,司法書士,行政書士の仕事は、人の依頼に応じて書類を作成する。      
    事務的な内容の仕事だから依頼が多ければスタッフに任せることもできる。
    300種以上もある仕事内容だが、昔からの固定客をもっている先輩たちにかなうわけがない。
         


隙間にある分野は何か?

知り合いからの紹介は限りがあり、報酬はほんの小遣い程度である。
独自の分野で顧客を開拓するしか方法はないのだ。
その分野を探っているうちに他の同業者がほとんどいない隙間があった。

野放しの産業廃棄物が問題になり、認可を受けないと産廃業はできない規制が出てきた。景気低迷のために小さな運送業者が産廃業に転換したり、裏街道で暮らしてきた人たちの稼業になったりとか。
産廃業は荒っぽい仕事だけど、それなりに収入は悪くない。

業者たちが資格をとるためには、事務所を構えたお堅い先生は煙たいのだ。
若くて行動力のある行政書士に頼んだ方が気楽だったのだろう。
「先生」ではなく「兄ちゃん」と呼ばれて親しまれるようになった。


     
    それまでの「士業」のやり方はきちんとした事務所を構えて古くからの顧客や紹介された人が相手だ。
    行政相手の事務を司る仕事だから特に新しい分野を目指す必要性もない。
    顧客とは長年の付き合いと信頼関係があるので競争相手が食い込むのは難しい。

    そんな状況での新規開拓は、インターネットでHPを作り顧客を探すことから始まった。
    ネットで検索するのは20代,30代こんま40台前半が多い。
    他より少し安い料金設定と省力化した迅速な仕事を売りものにアピールする。

    こうして少しずつ顧客開拓と並行して、顧客との付き合いもまめにしていく。
    飛島村の泥付きの大根とか、金箔正入り正月祝い酒を夏にもらったりとかしていた。
    何とか食べていけるようになった時に、タイ商社の現地採用員だった兄が帰国してきた。  
                      此の続きは次回に・・・


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2019年05月06日(月)

    最近では久しぶりのことだが、今年の新卒者,来春の新卒者の就職が好調だそうだ。
    いろいろな企業が求人をかけているので、売り手市場になるとも言われている。
    明るいニュースという反面、新卒者以外の人にはどうなんだろう。
    中途退職した青年や中高年にとっては「それ何のこと?」と、垣根の外の話かも知れない。

    さて、バブルがはじけた後の就職氷河期に社会に出た兄と弟は、2,3年後に相次いで退職した。
    それから3年ほど世界放浪を続けていたが、あるとき帰国した弟は「日本で暮らすことにした」と。
    いくら放浪していても確たるものは見えてこない、ひとまず日本で働くことを決めたのだろう。


狭い日本での暮らし方を考える

再就職はしないで(新卒以外は無理)収入確保のためのバイトを探す。

日当のいい仕事は 3K(きつい,汚い,危険)の分野での作業員として、知り合いから紹介された。マンホールに潜り内部の汚れを掃除するのだが、汚泥などの臭いが染み付く。 危険性はそれほどなかったようだが、きつい仕事ではある。
地上で人に会うのが気恥しいので頬かむりをしてごまかしたそうだ。
でも、早朝から数時間で1万円の報酬は得難いものがある。

夜のバイト(子ども相手の塾の講師)も 掛け持ちするようになった。
これらの仕事を続けながら将来への展望をどうするか?

これといった技術がないので、再就職の可能性はゼロに近い。
そうなると自営業を目指すしかないが、資本もないし伝手もない。

一念発起して国家資格の行政書士の試験を受けることになった。
2回目でやっと受かり資格を手にしたけれど、仕事など来ないのだ。
名刺を作って毎日営業を続けているうちに、一つだけ頼まれた。
               (この項 次に続きます)



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2019年04月09日(火)

     今から約20年前にバブルが弾けて、新卒者の就職先がなかなか見つからなかったのです。
     それ以降の時代は100社の試験を受けても一つも受からない学生からすると、先駆けの世代だったかも。

     そういえば親の世代にも、「3ケ月,1年,3年」という例えがありました。
     新しい職場に入ると学生時代とのギャップが大きく、まずは3ケ月で1回目の危機が来ます。
     それを乗り越えての1年間で仕事の内容がざっとつかめた時が2回目の危機。
     3年持ちこたえれば周囲ととけあって何とか続けていけることが多かったのです。
     退職浪人しても少し探せば、次の職場を見つけることも難しくなかった時代の話で恐縮です。


混沌とした世界に飛び出す

さて、やっと就職したと親が安堵した兄は2年で退職。
 ・コンピューターと1日中向き合って本も読めない
 ・残業で事務所に寝泊まりの先輩に未来の自分を見る
理由はいろいろあっても、「身分保障のない使い捨ての未来」を感じてしまったのでしょう。

同時期に就職した弟はもう一年働いて、三年後に退職。
この企業にいた先輩たちも3年を待たずに去ったとか。
 ・結婚していれば仕方ないけど、ぬるま湯のような生活が続くと思うとたまらん

在職中に貯めたお金を元手に、兄はヨーロッパへの一人旅,弟はインドやアジアへの放浪の旅に出かけます。
お金が無くなると日本へ帰り、短期のバイトをしてまた出かけて行きました。



      自分探しだったのかどうか、野宿や安宿での放浪暮らしがそれから2,3年続きます。
      帰国するたびに、現地の人と変わらない服装になりとけ込んでいるみたい。
      この先がどうなるのか? 親もやきもきしつつ、命が無事ならよしと腹をくくりました。
 
      ある日フラリと帰ってきた弟は、「もう旅はやめて日本にいることにする」と。
                                          (この項 続きます)


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